お墓の歴史②:シャニダール洞窟とネアンデルタール人

わたしが子供の頃、ゾウの墓場というのを信じていたように覚えています。

年老いたゾウがどこからともなく集まってきて、死んでいく場所で、そこには大量のゾウの骨や牙が集まっている……そんなイメージですね。

たしか絵本か何かで見たような気がするんですよね。

さすがに現物はありませんが。

文学の世界でも、楡周平さんや花村萬月さんの小説のタイトルになっていて、どことなく想像力をかき立てるのだと思われます。

 

そんなゾウの墓ですが、少し調べましたところ、どうやら実際には存在しないようです。

ゾウというのは長寿の生き物で、そんな続々と死ぬものでもないらしく、また死んでしまえばすぐ死骸処理を担当する生き物の餌になってしまうようで、結果としてゾウの死骸というものが人間によってはほとんど目撃されないことから、ゾウの墓場といった伝説が生じてきた、というのが妥当な推論のようです。

 

ところでゾウの墓場、という発想が面白いのは、もしそんなものがあるなら、ゾウには死の観念が成立している、という点にあるでしょう。

おそらくそんなことはないはずですが、万が一ゾウの墓場なんてものがあり、生き残ったゾウがそこに草だとか花なんかを持ってきたりするようなことがあれば、これはもう立派な葬送意識だ、というわけです。

 

いくらなんでも想像が飛躍してしまいました。。

多分ですが、ゾウには死の認識はなく、死んだ仲間を弔うこともありません。

そしてこの点に、人間とその他の動物とを分かつ非常に大きな境界がある、という点に異論のある方は少ないのではないでしょうか。

人間とは弔う動物である、というわけですね。

厳密な人間の定義なんていうと難しいことになるでしょうが、死という現象を対象化して、死者に思いを馳せることができる唯一の動物は、人間だけでしょう。

とすると、人間が死を意識し、死者を悼むようになったその時点が、「お墓の歴史」の始点である、と言ってもいいはずです。

 

で、その時点を正確に突き止める、なんてことはどうしたって不可能でしょうが、考古学から重大な示唆が与えられています。

 

 

写真はイラク北部のシャニダール洞窟というところです。

ここで3万5000年~6万年前のネアンデルタール人の人骨が発見されています。

その何が重要かといいますと、ここで発見された一体の人骨の周囲から、少なからぬ花粉が発見されており、これが葬儀によるものではないかという説があるからなのです。

 

ネアンデルタール人の頃から人類は葬送儀礼を行なっていたんですよ、と言えるのはわれわれの業界にとってもキャッチーなことなので、石屋あるいは葬儀屋の中にはこの話を知っている人も多いと思います。

 

ただこれ、いくつか問題もありまして、まずネアンデルタール人はわれわれ現生人類の直系の先祖ではなく、別系統の人類だったとされているそうです。

そして花粉にしても、葬儀によるものという確たる証拠があるわけではなく、動物活動によって持ち込まれたものではないかという説もあるらしく、議論が続いているようです。

とはいえ、さらに別の人骨には怪我の治療の痕なんかも確認されるそうですから、現在のわれわれが「人間性」と呼ぶものをネアンデルタール人が発達させていた可能性は十分にあるのではないかと思います。

 

お墓の歴史、に組み込むにはあまりにも曖昧ですが、可能性として考えてみた場合、こういったことがお墓の原初的な形態であった、というのはありえそうです。

というわけで今回はシャニダール洞窟を取り上げてみました。

中東はまだ政情不安定でしょうし、しかもシャニダール洞窟があるのは少数民族問題を抱えるクルディスタン地域ですから、安全な研究など今は覚束ないことと想像されますが、いつか謎が解決されるといいなと思います。