お墓の歴史①はじめに

 

今回から、毎回というわけではありませんが、お墓の歴史について少し考えていきたいと思います。

 

われわれは普段、「お墓というのは家の歴史を示すものですから、どうか大事にしてください」といった風にお客様に申し上げているわけですが、では翻ってお墓の歴史とはどんなものか、と聞かれるとなかなか難しく大きなテーマとなります。

自分達が扱っているものを歴史的に考えるとどうなのか、というのは知っておくべきことであると同時に、面白いことでもあります。

そこでお墓の歴史について、読者の皆様に何かを教えるというよりは、まず自分自身で学び直すという意味で、整理し直してみようかと考えております。

 

さてお墓の歴史を考えるとなると、まず何をもってお墓と見なすか、というお墓の定義の問題が関わってきます。

前にもちょっと触れましたが、日本で現在通用している「墓地、埋葬等に関する法律」の定義に従いますと、いわゆるお墓というのは法律用語で「墳墓」と呼びまして、この墳墓とは「死体を埋葬し、又は焼骨を埋蔵する施設をいう」となっています。

で、墳墓をまとめて設けるために特別の許可を受けた区域のことを「墓地」と呼ぶわけです。

 

要するに日本の法律上では、形状とかには特に言及することなく、とにかく遺体ないし遺骨を納める構造物がいわゆる「お墓」です。

ちなみにお墓に遺体を納める、いわゆる土葬の場合を「埋葬」と言い、火葬された遺骨(焼骨)を納める場合は「埋蔵」と、用語が区別されています。

わたしは法律の細かい議論がしたいわけではないので、この「お墓の歴史」の記事においては、法律が問題となる場合を除いて、特別に区別することなく、適宜使い分けることにします。

 

ところで日本に限っても歴史上、亡くなった人がそんなにきちんと埋葬されていたのかというと、そんなことはないんですね。

世界には遺体を鳥に食べさせる鳥葬、あるいは自然に還るままにしておく風葬など、さまざまな葬送形態がありますが、日本でも平安時代の庶民なんかは河原に運ぶ程度で、あとは事実上の野ざらし、というケースが相当に多かったようです。

この場合だと、構造物としての「お墓」はまったくないわけですが、そんなケースも日本の葬送の歴史をなすわけで、「お墓の歴史」の一部として扱いたいと思います。

現代でも、散骨なんかがこれに該当しますかね。

 

要は、構造物としての墳墓を伴っていないものでも、広く葬送に関わるならば「お墓の歴史」として、ゆるっとまるっと取り上げていきたいなあ、と考えております。

堅く言えば、死をめぐる社会的意識の歴史、とでもいうことになりましょうか。

対象は基本的には日本ですが、必要に応じて外国の事例を引き合いに出すこともあるかと思います。

 

前置きが随分長くなってしまいました。

とにかく、読んでいただくものとして興味深いものにできれば、と思っています。

次回から、具体的なお墓の歴史を辿っていきます。